華岡青洲の妻 #3

原作や旧作映画には無い、踏み込んだ解釈のしみじみしたシーンが多かった。
華岡家で最も大切だったのは長男で才能もある青洲。
その陰で、家族全員が身を粉にして献身し、盛り立てた故の悲劇も見所ではあるが、その部分にスポットを当て、登場人物同士の心の交流・関係性にさらに実在感を増す良い回だった。


外科医として癌の研究をし、手術の為の麻酔を研究している青洲の妹が、その乳癌になってしまうという皮肉な運命。
兄の学費を作るために働き、家に尽くして嫁にも行けず、子を産み、乳をやることができないまま、痛みと悲しみに暮れる長女・於勝。
病んで寝ついて始めて、別の人生もあったのかもしれないと嘆き、看病する加恵に正直に告白する。
「誰にも乳を触ってもらわなかった。好きな男もできなかった。人の嫁となり、子に乳を与えられた加恵が羨ましい。」
と。それはねたみではなく、哀しいつぶやきだった。赤子に乳をやる感触を説明する加恵。
「最初はくすぐったくて、痛い時もあるけれど、だんだん気持ち良くなってくる。」
そっと病んでいない方の乳を加恵がさすってやると、嬉しそうに微笑む於勝。「ありがとう…」
私も涙がこぼれてしまった…。


もう一つ見所だったのは、原作ではかなり唯我独尊で、嫁姑の確執に頬かむりしているように描かれている青洲の、心の内の苦悩を描いていた事。
青洲を張り合って、姑と嫁が麻酔薬の人体実験に自ら志願するのは有名なストーリーだが、医師として本当に実験を求める欲求と、家族の犠牲を心配する男としての気持ちの揺れがリアルだった。
極秘の実験だった筈なのに、気休め程度の麻酔薬で副作用も無かった事を、さも麻酔薬が成功したように言いふらしてしまった姑。困惑半分、ねたみ半分で夫に詰め寄る加恵。
「あんな風に言いふらされて、麻酔薬を使って手術をしてくれといってくる人があったらどうします?私を使って実験を。」
死を賭しての実験に妻を使いたくない男。しかし、母に気休めとは言いながら、少量でも麻酔薬を混ぜた医者としての本心を指摘され、うろたえる。
「私は嫁に来た時から、旦那さんの役に立ちたいと思ってきました。私は華岡青洲の妻なのですから!」
かくして、本当の人体実験が行われる運びになったのだ。